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「カースト」という言葉はインド人の間に特異な身分制度があるのに気付いたポルトガル人が、それを「カスタ」と名づけたのが語源といわれている。つまり「カースト制度」という言葉が、もともとインドにあったのではないということだ。独立後の新憲法では、カーストによる差別を禁じており、法的には「カースト」は存在しないことになっている。
では、なぜカーストができたのか見てみましょう。3000年ほど前に北インドに侵入してきたアーリア人は、現在のヨーロッパ人と同じルーツの白色人種系であった。彼らは先住民族(ドラヴィダ人など、肌色の濃い人々)を平定してその支配を固めるにつれ、ヴァルナという身分制度を作り上げた。「ヴァルナ」という言葉はサンスクリットで「色」を示す。つまり、肌の色による身分の上下区分のことである。肌色の白い人たちを支配者である上位に置き、被支配民族を下に置いた。
その後、アーリア人の中でも社会的機能による区分が出来始めた。それがいわゆる「四姓」にあたり、宗教儀礼を専門とするバラモン(祭司)、軍事・政治を司るクシャトリア(王族・武士)、商工業活動に従事するヴァイシャ(平民)、被支配民族のシュードラ(奴隷)の4つの階級に分かれる。この古代的身分制度ヴァルナがインドのカースト制度の基本を成し、今でも肌色の方がよいとする考えが残っているのが現状だ。さらに、特にヴァイシャとシュードラはそれぞれ職業ごとにさらに細分化されてゆき、やがて2000ともいわれる多数の区分が、中世的身分制度として固定された。この区分は、職業を生まれにより世襲化するもので、「生まれ」を意味する「ジャーティ」という言葉で呼ばれ、ヒンズー社会では非常に強い影響を持ち、人々を束縛し続けている。
このヴァルナとジャーティがいっしょくたんにされて、例えば日本では「カースト制度」と呼ばれている。カースト制度は、人間への差別として非難されるが、現実のヒンズー社会ではこのカースト制度を受け入れ、その内部でのそれぞれの分を守ることによって、生活を保障されている面もあり、同一カースト内では互いに助け合う共同体的な機能も持っている。だが、不合理な差別を分かっていながらも、カースト制度はヒンズー教とも深く結びついており、ヒンズー教徒の意識を奥底から改革するのを困難にしている。
カースト制度でも特に問題視されるのは、不可触民の存在である。カースト内の位置すら与えられておらず、触れただけ、目にしただけでも汚れるものとして、カーストを持つヒンズー教徒(カーストヒンズー)から差別されてきた。1億人近くといわれる不可触民は、社会の底辺で大きな労働力を提供しているのに、社会的地位は非常に低いままである。
このような事態を改めるため、様々な努力がされてきた。ガンディーは彼らを「ハリジャン(神の子)」と呼び、ヒンズー社会での地位向上に努め、また数十万のハリジャンが指導者アルベードカルに率いられ、仏教に改宗した。今でも改宗するハリジャンは存在する。しかしこのように呼び方を変え、改宗しても、カーストヒンズーからの位置づけまでは帰ることはできない。
インド政府はハリジャンたちを法的に保護し、大学・企業などに受け入れを義務づけている。また、新聞の広告などでは「不可触民」という差別語を避け、Scheduled(指定カースト)と示されているが、入学・入社しても周囲から不当な圧力を受け、差別を受けているのが現状である。
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