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インダス文明の建築
モヘンジョ・ダロで発掘された都市は、西に城塞、東に市外という配置で、精密な方形プランに基づいて造られている。これは、古代ギリシャのアクロポリスにも似た構造だが、モヘンジョ・ダロンの方が時代は古い。都市の見物は規格化された焼きレンガで作られ、井戸や下水施設も備わっていた。強大な宮殿や墓石が存在しなかったのは、強大な権力者の不在を意味する。
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仏教建築
寺院建築の「伽藍」という言葉は、古代インド語のサンガーラーマに由来する。これは、裕福な信者が出家増のために寄進した園林のことで、ブッダが最初の説法を行った鹿野苑は有名である。ストゥーパ(仏塔)は、元来、仏舎利(ブッダの遺骨)を納めるための建造物で、アショカ王時代に8万4000基の仏塔が建立された。仏塔の形は、墳墓を起源とする伏鉢型のものが最古で、中国では楼閣建築と合体し高層化していった。僧院には石窟寺院という形態もある。圧巻は、アジャンタやエローラに残る巨大石窟で、仏教、ヒンズー教、ジャイナ教それぞれの遺跡が残っている。
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須弥山のミニチュア模型
インドや東洋の寺院建築の多くは、須弥山のイメージを取入れている。須弥山とは、ヒンズー教と仏教の宇宙観に登場する想像上の山で、高さ56万キロメートルの頂に33人の神々が住み、山腹に4層のテラスが張り出されている。この構造がアジア各地に残る大寺院(アンコールワットなど)の原型で、仏像を納める須弥壇や仏壇はそのミニチュア版といえる。
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ヒンドゥ建築
グプタ朝以降は、仏教建築に代わり、石造りのヒンドゥ寺院が主流となる。その建築様式は、北方型と南方型に大別され、前者は砲弾型、後者はピラミッド型の屋根を持つ。南方型は屋根の上にシカラと呼ばれる重さ数十トンの冠石が載り、本殿より巨大なゴープラムが備わる。ゴープラムの起源は、村の主要な方角に置いた家畜小屋にある。古代人は動物の本能的な危機回避能力を利用して、村を災難から守ろうとした。
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イスラム建築
ムガル帝国が勃興した16世紀以降は、モスクやミナレット、墓廟建築が一斉を風潮する。ムガル建築の特徴は、赤砂岩や白大理石を素材にしていることと完璧な左右対称性を備えること。帝国の始祖バープルは、インドにはおいしいパンもブドウもないし、美しい左右対称性もないと嘆いたという。その息子フマユーンを祭った霊廟は初期ムガル建築の傑作である。白亜のドームやイーワン(アーチ型の窪み)、チャトリ(東屋風の小亭)など、のちのタージ・マハルにつながる構造をすげて備えている。 |